


皆さんは、日頃ストレスを感じていますか?

ストレスフリー、ストレスゼロというのは、現代において非常に難しいことだと思います。
ストレスの発生は致し方ないものと考え、そのストレスとの向き合い方に気を配ることで、自分の許容できる範囲にコントロールすることが肝要と私は考えています。ただ外的な要因によるストレスが、自分ではコントロールも困難であることが多いですよね。
今日は、そんなストレス状況下において、コーヒーの香りが手助けしてくれるかもしれない!?という研究結果をご紹介したいと思います。今回は遺伝子生物学の内容にも触れているため、難しく感じる部分が多いと思います。

オススメの記事の読み方をご紹介しています。
未読の方はぜひご覧になってみて下さい!
コーヒー豆の香りを嗅ぐことの驚きの効果をご紹介します。今回は基礎研究の領域の論文を引用します。内容の理解のために、遺伝子、DNA、タンパク質など生化学・分子生物学に関する用語の解説をしています。難しい内容ですが、少しでも概念的に理解できるよう可能な限り簡略化しましたので、ぜひお読みになってみてください。
コーヒー豆の香りを嗅ぐだけで、ストレスが減る!?


簡単に復習すると、コーヒーを飲む量が多いほどうつ病の発症リスクが低くなり、例えば1日4杯以上コーヒーを飲み人は、週に1杯以下の人と比較して、うつ病になるリスクが約20%低下するという報告でしたね!
アドホックこんにちは。ドクターアドホックです。ヘルシーアシスタントのヘルシーです。クンクン…いい匂いがすると思ったら今日もコーヒー飲んでますね!アドホック1日4[…]


そうですね。さらに今回はコーヒー豆の香りを嗅ぐだけでストレスが減少するという、驚きの研究を報告します!
今回は動物実験のご紹介です。主役はネズミさんです。
This study is the first effort to the effects of coffee bean aroma on the sleep deprivation-induced stress of the rat brain.
「この研究は、断眠によるストレスを受けたネズミの脳における、コーヒー豆の香りの効果を解明しようと試みた最初の研究である」ということですね。
もっと具体的には「ストレス状態のネズミにコーヒーの匂いを嗅がせると、ストレスに関連する遺伝子やタンパク質がどのように影響を受けるか」という研究です。

でもちょっと待ってください!遺伝子とタンパク質という言葉を、しっかり復習してから研究の結果を知りたいです!

了解しました!
DNA・遺伝子・タンパク質の話
DNAと遺伝子
まず遺伝子とタンパク質の説明の前に、「DNA」と言う言葉から説明を始めます。
「私たちの体はDNAからできている」と言われていますよね。
遺伝情報に関する言葉であることをご存知の方も多いかと思います。
DNAとは「DeoxyriboNucleic Acid」の略で、「デオキシリボ核酸」と呼びます。
そしてこのDNAですが、機能の面から一言で説明すると「体の設計図」です。
構造の面から説明すると「ヌクレオチドを素材とした二重らせん構造の高分子物質」です。


そうですね!それぞれの頭文字をとって「A」「T」「G」「C」と表現されます。


下の模式図もぜひご参照ください!


つまり「DNAの遺伝情報の中に、タンパク質の設計図となる遺伝子がある」ことから、
「DNAは体の設計図」と呼ばれています。


そういうことです!そして遺伝子という設計図にそってタンパク質が合成され、細胞の機能や形態が決まっていきます。
DNAからタンパク質の生成


細かく説明しましたが、知っておいて損はない知識ですよ。


分子生物学の基本原則「セントラルドグマ」のお話になりますね。


RNAとは「RiboNucleic Acid」の略で、「リボ核酸」と呼びます。
そしてDNAとは「DeoxyriboNucleic Acid」の略で、「デオキシリボ核酸」でした。
名前が似ているように、DNAとRNAの構造は似ているとお考えください。

簡単に説明します。DNAにはタンパク質の「設計図になる部分」と「設計図にならない部分」がありました。実際に使いたいのは「設計図になる部分」の情報だけです。そこでこの「設計図になる部分」だけを、使いやすい情報となるよう、DNA情報を抽出したものがRNAになります。


そうです!より使いやすい情報となったRNAを利用して、最後に実際のタンパク質が生成されます。ちなみにこの過程を「翻訳」と読んでいます。
ご理解いただけましたか?
やっと完成したこの「タンパク質」、これが体の機能や形態を決定しています。
裏を返すと、遺伝子が発現しても、最終的にタンパク質の合成まで完了しないと、体には変化は起こりません。
最後にもう一度、このセクションで習ったことをまとめてみます。
・遺伝子と呼ばれるDNA領域の情報をもとにタンパク質を生成する時は、一度DNAをRNAという遺伝情報に変換する必要があります。
・「DNA→RNA→タンパク質」という一連の流れを、「セントラルドグマ」と読んでいます。
・体の機能や形態は、最終産物であるタンパク質によって決められています。
コーヒーの香りは、ストレス抑制に関するタンパク質の遺伝子発現を促す!?
研究の概要

では改めて「コーヒー豆の香りを嗅ぐだけでストレスが減少する」ということを示した研究をご紹介に戻ります。この研究のストレスの評価には、遺伝子やタンパク質の発現を用いています。

コーヒー豆の香りが、遺伝子に働きかけて、実際に体に効果を発揮するタンパク質まで生成するという主旨の研究ということですね!
改めて、今回は動物実験のご紹介です。主役はネズミさんです。
「ストレス状態のネズミにコーヒーの匂いを嗅がせると、ストレスに関連する遺伝子やタンパク質がどのように影響を受けるか」という研究です。


ネズミさんには「徹夜」をしてもらいました!
試験勉強や残業で徹夜をされたことがある方や、夜勤で夜通し働いたことがある方は、
眠れないことがどれほど心身のストレスになっているか、実感されていると思います。
私も当直業務で不眠になってしまった翌日は、普段なら些細に感じることでも、
いつも以上に過剰に反応してしまい、ストレスを感じずにはいれませんでした。

具体的には、24時間に渡って眠れない状態にすることでストレスを与えています。このような断眠(睡眠妨害)は、ネズミのような動物に対しても、ストレスを与えることが報告されています。
では最初に研究の結論です。
In conclusion, the roasted coffee bean aroma changes the mRNA and protein expression levels of the rat brain, providing for the first time clues to the potential antioxidant or stress relaxation activities of the coffee bean aroma.
「結論として、コーヒー豆の香りはネズミの脳内のmRNAやタンパク質の発現量を変化させており、コーヒー豆の香りの潜在的な抗酸化作用やストレス緩和作用の手がかりとなる知見であった」ということですね。
具体的には「ストレスを与えたネズミと、ストレスを与えた上でコーヒー豆の香りを嗅がせたネズミを比較すると、抗ストレス効果などをもつタンパク質とその遺伝子の発現量が増加していた」ことが分かりました。


そうですね!特に遺伝子の発現が増えたこと確認したことに加えて、実際にタンパク質まで増加していたことが確認していたのは、凄いことですね!


分かりました!次のセクションでご紹介しますね!
研究結果の説明① コーヒーの香りと遺伝子
論文中に掲載されている図をご提示します。
図の見方を説明します。
左上から順番に、各遺伝子ごとの結果が提示されています。右上の遺伝子の名前、左上に遺伝子のIDが示されています。
4つの棒グラフが並んでいます。左から順に下記の通りです。
a) Control:特に介入していないネズミさん
b) Stress:徹夜したネズミさん
c) Coffee:コーヒー豆の香りを嗅いだネズミさん
d) Stress + Coffee:徹夜した上で、コーヒー豆の香りを嗅いだネズミさん

徹夜のストレスがコーヒー豆の香りで軽減されたかを知りたいので、
基本的にはb)とd)を比較することになります。
「NGFR」、「trkC」、「GIR」という遺伝子にご注目ください。
まず「GIR」を拡大してさらに説明します。
棒グラフの高さは、遺伝子の発現量を表しています。
「GIR」は「Glucocorticoid-Induced Receptor」の略ですが、
ここでは簡単に、「不安を抑制する効果のあるタンパク質の遺伝子」とご理解ください。

実際に効果を発揮するにはタンパク質が作られる必要があるのですが、
そのためにはまず遺伝子が発現する必要があります。
左から2番目の「徹夜したネズミさん」をみてください。

4つのグラフの中で、棒グラフの高さが一番低いですね。
徹夜によるストレスの影響でしょうか?

そうですね!では今度は一番右側の「徹夜した上でコーヒー豆の香りを嗅いだネズミさん」と、棒グラフに高さを比較してみください!

棒グラフが違いますね!同じ徹夜というストレスがあるにも関わらず、コーヒー豆の香りで、不安を抑制するタンパク質の遺伝子の発現量が変わったんですね!
驚きですよね!
コーヒー豆の香りを嗅ぐだけで、結果としてストレスに対抗する能力が高まるよう、ネズミさんの体が反応したことを示唆していると考えられます。

では今度は最初の図に戻って、「NGFR」にも注目してみてください。

おー!「GIR」と同じ棒グラフのパターンになっていますね!
この「NGFR」もストレスに対抗するタンパク質と関係があるんですか?

「NGFR」は「Nerve Growth Factor Receptor」の略なのですが、ストレスに対抗するタンパク質という理解で大丈夫ですよ!

納得しました!コーヒー匂いは、複数の遺伝子に関係しているんですね!
もうひとつの「trkC」、これは「GIP」と「NGFR」とは違うパターンですね?
「trkC」は「neurotrophic tyrosine kinase, receptor type 3」の略称ですが、
ここではストレス環境下で上昇するタンパクに関連する遺伝子とご理解します。

徹夜してストレス状態になると、それに応じて、遺伝子の発現量が上昇するということですね!

そしてコーヒー豆の香りが加わると、再び遺伝子の発現量が低下していますね!

「GIR」「NGFR」とは違う棒グラフのパターンでしたが、ストレスへの対応としては同義ですね!
ちょっと難しかったですね。
要点は、「コーヒーー豆の香りが、ストレス緩和の方向に遺伝子の発現量を変化させる」ということです。
研究結果の説明② コーヒーの香りとタンパク質
さらにこの論文では、遺伝子の発現量に加えて、実際のタンパク質の生成にまで変化あることを示しています。

コーヒーの香りが遺伝子の発現量が変化していたことが分かりましたね!ではもう一度セントラルドグマのスライドを思い出してもらえますか?

「DNA→RNA→タンパク質」の流れのことですね。DNAのうちタンパク質の設計図になっている情報が遺伝子でした。遺伝子が発現した後に、タンパク質が作られていないと実際の効果は発揮されないんでしたね!

そうですね。そしてこの論文ではタンパク質もしっかり生成されていたことまで明らかにしています!

電気泳動法という原理でタンパク質を分離しています。タンパク質は電圧をかけたときに移動する性質を利用しています。
1回目は「pH」の違いで、2回目は「質量」の違いでタンパク質を移動させています(二次元電気泳動)。

例えばコントロール群とコーヒー群を比較すると、赤や黄色の矢印のところで、黒色の染まり方が違いますね!

よく見ると違いがあるのが分かりますよね。ここでは単純に、コーヒーの香りはタンパク質の発現に影響を与えていたということ漠然と感じ取ってもらえれば十分ですよ!
合計で25ヵ所のスポットで、コントロール群とコーヒー群で違いが認められました。
赤矢印はコーヒー群で発現が増加していたスポットを、
黄色矢印はコーヒー群で発現が低下していたスポットを表しています。
そして最後に、25ヵ所のスポットは、具体的にどんなタンパク質であったかと調べました。

「質量分析法」という原理を用いてタンパク質を決定しました。物質を原子・分子レベルのイオンにした上で、その質量数と数を測定することによりタンパク質を決定する方法です。
この研究では最終的に9つのタンパク質が同定されました。

色々長かったですが、最終的に9つのタンパク質の生成に違いが認められたのですね!コーヒーの香りが、体の中にダイナミックな変化を起こしていると思うと、何だか興奮しますね!
そしてこの9つのタンパク質の中に、
抗ストレス作用や抗酸化作用のある「チオール特異的抗酸化蛋白質」と「熱ショック70 kDa蛋白質5」が含まれていました。
そこで改めて研究結論をまとめます。
Among the differentially expressed genes and proteins between the stress and the stress with coffee group, NGFR, trkC, GIR, thiol-specific antioxidant protein, and heat shock 70 kDa protein 5 are known to have antioxidant or antistress functions. In conclusion, the roasted coffee bean aroma changes the mRNA and protein expression levels of the rat brain, providing for the first time clues to the potential antioxidant or stress relaxation activities of the coffee bean aroma.
「ストレス群とストレスに加えてコーヒーの香りを嗅いだ群において、抗ストレス作用や抗酸化作用のある「NGFR」や「trkC」、「GIR」、「チオール特異的抗酸化蛋白質」、「熱ショック70 kDa蛋白質5」といったmRNAやタンパク質の発現量が異なっていました。ネズミの脳内で、コーヒーの香りが遺伝子やタンパク質の発現を変化させたという今回の研究結果は、コーヒーの香りがもつ潜在的な抗酸化作用や抗ストレス作用を示す最初の手がかりとなるでしょう」ということですね。
(mRNAとは、DNAから転写をして生成されるタンパク質の設計図のことです。mはメッセンジャーという意味で、タンパク質合成のためにDNAから発せられた伝令という意味になります。ここではこれまでの説明から、mRNA=遺伝子と考えても大意は変わらないです)
まとめ
・遺伝子領域のDNAによって、体の機能や形態を決めるタンパク質が生成される。
・ストレス状況下でコーヒー豆の香りを嗅ぐだけで、コーヒーを飲まなくても、ストレス軽減作用をもつ遺伝子が発現量が増えることが期待できる!
・さらにストレス軽減作用のあるタンパク質の生成促進まで期待できる!

お疲れ様でした。


遺伝子の話となるとややこしくなりますよね。これでも単純化してご説明したつもりなのでご容赦ください。繰り返し読んでいただくことで、次第に理解も進むと思います。




ただ他の方の迷惑とならないように、長時間の居座りは控えましょうね!!
